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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

野ざらしを心に風のしむ身哉

ざらしをこころにかぜのしむみかな

 

 貞享元年(1684)8月の作。『甲子吟行』(別名『野ざらし紀行』は、掲句に因む)の旅へ向かう門出の句。天和の大火によって深川の芭蕉庵は類焼し、甲州に避難していた芭蕉は、この前年の冬、門人・山口素堂らの支援によって再建された第二次芭蕉庵に入っている。しかし、一年も経たないうちに伊賀上野への帰郷も兼ねた旅に出かけることになる。江戸に東下して、貞門と談林の思潮に触れて、とりあえず、いわゆる「虚栗調(漢詩文調)」という帰結を見る。しかし、『虚栗』の跋で芭蕉が記しているように、俳諧の文芸的本質は、漢詩や和歌と通底するものがあるが、俳諧にはそれに加えて独自の通俗性が必要であるという困難さがむしろ自覚されることになった。芭蕉はその解決を目指すには、まず、日常性と非日常性を超克する「実践」こそ大事と考え、それを「旅」に求めたのである。しかも、それはもちろん、単なる物見遊山ではなく、「死」に裏打ちされた極限の体験としての「旅」でなくてはならず、その決意の程が掲句に込められている。

 「身に入(し)む」秋風は古来より「もののあわれ」を感得させるものであるが、「野ざらし」とは、風雨にさらされて白骨となった髑髏であり、俳諧の奥義を極めるためには客死も厭わないという芭蕉の求道心の凄まじさが覗われる。それは、身にしみる秋風の冷気と相俟って、その覚悟の厳しさはさらに際立つ。而して『甲子吟行』の旅は、芭蕉における「風狂」の精神を培い、その俳諧精神のさらなる深化に画期的な成果をもたらすことになる。

 

季語 : しむ身 [身に入む](秋) 出典 : 『甲子吟行』(『後の旅』『猫筑波集』)

 

A sun-bleached skull in my mind
the cold autumn window is piercing
into my body

  

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夕暮れの富士山