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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

此道や行人なしに秋の暮

このみちやゆくひとなしにあきのくれ

 

 元禄7年(1694)9月の作か。同年9月23日付の「意專・土芳宛」書簡には、「秋暮」と前書きして「この道を行く人なしに秋の暮」とあり、これでは単なる蕭条とした秋の夕景の描写に留まる嫌いがある。

 しかし、『笈日記』によれば、9月26日、大坂にて上五が「此の道や」、前書も「所思」と改められている。そして、芭蕉は、各務支考に対して、掲句とともに「人声や此の道かへる秋の暮」を提示し、その優劣を問うたところ、支考が「此の道や行く人なしに独歩したる所誰か其後に随ひ候はん」と応えて、芭蕉もこれを諒としたという。つまり、芭蕉が晩年に志向した「軽み」の至境に門人らがついてくるのが難しいことを憂えていたことを支考は察していたのかもしれない。いずれにしても「切れ」によって豊かな詩想がもたらされることになる。

 もっとも、芭蕉の心底には、寒山の『寒山詩』における「寒巖深更好、無人行此道。白雲高岫閒、青嶂孤猿嘯。」という句があったと思われる。道心を極めた者や天才が抱く孤高の寂しさが掲句には込められているのである。

 芭蕉の生涯を振り返ると、貞門、談林を経て「さび」や「風雅の誠」による蕉風俳諧を確立し、今、「高悟帰俗」から「軽み」へと続く一本の道が見えてくる。詩境が高まれば高まるほど孤愁の思いは深まる。しかし、それでも、俳諧精神は必ず他者へ開かれたものでなくてはならない。そう考えると「人声や此の道かへる秋の暮」にもまた意義深いものがあると言えよう。

 

季語 : 秋の暮(秋) 出典 : 『笈日記』

 

 

Thought

 

This way —
no one goes
autumn evening

 

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夕景