あきふかきとなりはなにをするひとぞ
元禄7年(1694)9月28日の作。大坂を訪れていた芭蕉は、翌29日に催される芝柏亭の句会に招かれていたため、前日に詠んだ掲句を予め送っていた。しかし、当日、芭蕉は体調不良のために欠席している。おそらく前日から何らかの症候があったのだろう。そして、そのまま病の床に就いた芭蕉は再び起き上がることはなかった。
深まり行く秋のなかで、深閑とした隣家に思いを馳せるが、その消息は分からない。別に詮索しているわけではなく、隣人も自分と同じように隠棲しているのだろうかと、むしろ、共感の思いを深めているのである。やはり、俳諧の道は孤独とは言っても、発句は、他者への挨拶であり思い遣りを第一義とすべきものである。病に臥せる身でありながら、そうした俳諧精神を忘れない芭蕉の心根がしみじみと伝わってくる。
季語 : 秋深し(秋) 出典 : 『笈日記』
Autumn deepens
how does my neighbor live quietly
I have consideration

