いるつきのあとはつくえのよすみかな
元禄6年(1693)の作。同年8月に72歳で他界した榎本東順を追悼する句。東順は、其角の父で膳所藩本多侯の侍医であった。『東順伝』によれば、東順は60歳頃、医業を辞めて隠居し文筆に専念した。『東順伝』には「市店を山居にかへて、樂むところ筆をはなたず、机をさらぬ事十とせあまり、其筆のすさみ車にこぼるゝがごとし。湖上に生れて、東野に終りをとる。是必大隠朝市の人なるべし。」とある。
東順亡き後に残されたその机の四隅まで見入れば、窓に沈む月の円さと相俟って、「水は方円の器に随う」を思い出させる。そう考えると、その人品は、業にあって良医、筆を持って能書であったのではないだろうか。もちろん、はるかに没する月は、東順の魂を暗示して、愛用の机は故人を彷彿させて悲しみもいっそう深まる。
季語 :月(秋) 出典:『東順伝』
The moon going down
leaving four corners of the desk
of the departed

