くさのはをおつるよりとぶほたるかな
元禄3年(1690)の作。近江瀬田での作か。句意は明良で、蛍が草の葉から落ちる瞬間に飛び立った光景を詠んだものである。あくまでも客観的な表現に徹しながらも、そこに一抹の愛しみも滲ませている。それには決して平坦ではなかった芭蕉の人生経験が影響していることは間違いない。それらこそがその鋭い観察眼を養ってきたとも言えよう。
おそらく暗がりの中で、芭蕉には、草の葉や蛍そのものというよりも、蛍が発する光の微妙な軌跡のみが心を動かしたのは言うまでもない。和泉式部の「物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞみる」 (『後拾遺和歌集』)に通じるものを感じさせる。もっとも、これは私の深読みかもしれないが、芭蕉は、蛍の光に「魂」を見ていたのではないかと思う。草葉の陰へ落ちる刹那に翻って飛び立つ蛍の光に、幾度も蘇る自らの詩魂を重ねていたのではないだろうか。ここで私は、J・ラカンの次の言葉を思い出す。「美の機能は人間が自己の死と関係する場を私たちに示してくれる。そして、その時、美は眩しい光を発するのである」(向井雅明『ラカン対ラカン』)
季語 : 蛍(夏) 出典 : 『いつを昔』(『泊船集』『西の詞集』)
A blade of weeds
the instant a firefly fell off it,
he soared up

