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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

行春を近江の人とおしみける

ゆくはるをあふみのひととおしみける

 

 元禄3年(1690)の作。当初『堅田集』では、「行春やあふみの人とおしみける」と記されおり、「志賀辛崎に舟をうかべて、人々春の名残をいひけるに」と前書がある。一方、『猿蓑』では、前書きに「望湖水惜春」とある。いずれにしても、琵琶湖湖畔、あるいは湖上の舟で詠まれたものと思われるが、掲句では、同行の人々と近江の行く春を惜しんだという単純な解釈だけでなく、「や」を「を」に変えたことにより、去りゆく春をあたかも近江に関わる古人と見なして惜しんでいるような芭蕉の心地も覚えられる。

 たしかに、大津京漢詩を吟じた大友皇子をはじめ、近江荒都を詠んだ柿本人麻呂、近江粟津で討ち死にした木曽義仲源頼朝に追われて海津で岩に隠れた源義経、琵琶湖湖畔に坂本城を築いた明智光秀など、芭蕉が心を寄せる古人は多く近江に関わっている。そのいずれもが、我が世の春から久しからずして亡じていった人々である。

 ところで、有名な話ではあるが、掲句を見た江左尚白が「近江」は「丹波」、「行春」は「行歳」でも構わないではないかと批判したところ、去来がこれに応えて「尚白が難当たらず。湖水朦朧として春を惜しむにたよりあるべし。ことに今日の上にはべる」と述べたので、芭蕉は「去来、汝はともに風雅を語るべきものなり」と悦んだと『去来抄』に記されている。去来がどこまで芭蕉の風雅を理解していたかは定かではないが、芭蕉が惜しむものをよく知っていた去来は無意識的に近江に対する芭蕉の思いを察していたのかもしれない。

 

季語 : 行春(春) 出典 : 『猿蓑』(『陸奥鵆』)

 

Departing spring
I miss its scenery and the pasts
with the people of Omi*

 

*Former name of Shiga Prefecture.

 

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唐崎・琵琶湖畔