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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

木のもとに汁も膾も桜かな

きのもとにしるもなますもさくらかな

 

 元禄3年(1690)3月2日、伊賀上野での作。掲句は、藤堂藩士・小川風麦亭で巻かれた歌仙の発句であり、その後、近江膳所での歌仙でも用いられている。それだけ芭蕉にとって掲句が重要な意味を持っていたことの証左と言えよう。

 句意は、桜の木の下で花見をしていたら、様々な料理に花片が散り敷いて、汁も膾もそれに覆われて、一面、花の衾を着せたようになったということである。これは、西行の「木のもとに旅寝をすればよしの山花のふすまをきする春風」(『山家集』)を換骨奪胎したものという批判もある。しかし、芭蕉はあえてそれを踏まえた上で、当時、何もかもという意味で慣用されていた「汁も膾も」という俗語を使って「雅俗」の詩的昇華を図ろうとしたのである。「高く悟りて俗に帰るべし」を俳諧の至境とした芭蕉の理念を体現したものとも言える。たしかに桜も汁も膾もみな造化のなせるところとして差別はない。言葉やそれに伴う固定観念によってただ分別されているのみである。そうした万物斉同という根本原理を気づかせてくれたのが、敷き詰められた桜の花片であったが、その桜の「雅」を「俗」に帰らせしめたのは「汁も膾も」だったのである。あくまでも俳諧にあっては、日常的に使われている言葉(俗語)を大事にしなくてはならない。つまり、「新しみ」の探求のなかから俳諧の本質が見出されるという「不易流行」が蕉風俳諧の理念なのである。ちなみに道教的思想では、「木」に通じる「氣」は凝固して可視的な物質となり、万物を構成する要素と定義する解釈もあるようで、そうすると掲句は宇宙の在り方を直感的に捉えたものと言えるかもしれない。

 ところで、『三冊子』では、掲句について「花見の句作のかゝりを少し得てかるみをしたり」と芭蕉が述べたと記されており、「不易流行」の理念を踏まえて「さび」の超克を目指したのが「軽み」とも言えよう。しかも、「今思ふ体は浅き砂川を見るごとく句の形、付心(つけごころ)ともに軽きなり」(『別座鋪』)と芭蕉が述べているように、「軽み」は単なる表現技法のみならず俳諧的芸術性にも関わるものである。もっとも、そこには不断なる旧染の打破が見据えられていたのであるが、そのためには、伝統的な「雅」に通じていなければならない前提が不可欠であることは言うまでもない。

 時代は下るが、蕉風の復興を目指した与謝蕪村は「俳諧は俗語を用ひて俗を離るるを尚ぶ。俗を離れて俗を用ゆ。離俗の法最もかたし」述べている。これは「軽み」における「高悟帰俗」から、さらに「離俗」への志向性を示したものとして俳諧文学の新たな展開を見せることになる。

 

 

季語 : 桜(春) 出典 : 『ひさご』

 

Under the trees
covered soup, namasu* and so on
with the cherry petals

 

*(a dish of) finely chopped raw fish and vegetables soaked in vinegar

 

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花筵