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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

蛤のふたみに別れ行く秋ぞ

はまぐりのふたみにわかれゆくあきぞ

 

 元禄2年(1689)8月6日、美濃・大垣での作。芭蕉は、同年7月14日には敦賀に至り、そこで大垣から出迎えてくれた八十村露通と共に、同月21日に『おくのほそ道』の旅の終着地である大垣に入った。山中温泉で別れて伊勢・長島で養生していた曾良も9月3日には大垣で芭蕉と再会する。命がけで臨んだ長旅も無事に終わり、よく知る大垣の地には門人も多く、芭蕉はゆっくりと旅の疲れを癒やすことができたのであろう。「したしき人々、日夜とぶらひて、蘇生のものにあふがごとく、且、悦び、且、いたはる。」という記述からも、『おくのほそ道』の旅における俳諧精神の「蘇り」によって蕉風俳諧の確立を自負する芭蕉の心底が覗える。しかし、その要諦は、不断なる旧染の打破にあり、やがてそれは「軽み」という理念へと繋がっていく。

 さて、旅心もまだ落ち着かない9月6日、芭蕉は大垣の門人らと別れて伊勢の御遷宮を拝むために再び旅立つことになる。掲句は、その留別の句として詠まれたものであり、『おくのほそ道』最後の一句となる。蛤は二見浦の名産であり、行く先の伊勢を示すと共に、蛤の殻は対となる貝殻としか組み合わせることしかできないことから蕉門の堅い絆も含意されていると思われる。たとえ「ふたみ(二身)」として別れる者同士となってもその志は変わらないという芭蕉の確信が覗える。

 折しも晩秋であるが、「秋」は「とき」とも読むことができ、それは重要な時期であることも示唆されよう。俳諧の祖とされる荒木田守武伊勢神宮祠官であり、西行伊勢神宮に和歌を奉納しその晩年を過ごした伊勢は、言霊の幸はふ国の象徴として、芭蕉にとっても特別な聖地であったに違いない。『おくのほそ道』という収穫を得た御礼参りという意味もあったろう。まさに「ぞ」によって強調される「秋(とき)」だったのである。

 

季語 : 行く秋(秋) 出典 : 『おくのほそ道』

 

As clamshells
we go, and you stay
departing autumn

 

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伊勢・二見浦