いしやまのいしよりしろしあきのかぜ
元禄2年(1689)8月5日、加賀・那谷寺(なたでら)での作。当日は、昼時分に芭蕉は北枝と共に山中温泉を発ち、那谷寺へ向かった。曾良はそれを見送ったあと、体調不良のこともあり、親戚のいる伊勢・長島へ向かった。江戸より芭蕉とずっと同行していたが、ここでしばしの別れとなった。芭蕉は「今日よりや書付消さん笠の露」と詠んで、その別れを惜しんでいる。
那谷寺は、養老元年(717)に泰澄神融禅師により開創され、白山を拝し、九頭竜王の本地仏である十一面千手観世音菩薩、白山比咩神が洞窟に祀られている。その洞窟は本殿・大悲閣にあり、背後の岩山と繋がっており、白山信仰の聖地となっている。そこにおける「胎内くぐり」は、生まれ変わって罪が浄められるという。「自然こそ神仏」であり「神も仏も宇宙の法則に帰す」という大いなる信仰が今も大切に守り続けられている。
掲句における「石山の石」について、『菅菰抄』『おくのほそ道解』『芭蕉文集(日本古典文学大系)』などでは、近江・石山寺の硅灰石と解しているが、そうすると具体的な体感に乏しい嫌いがある。頴原退蔵と同じく、やはり、この「石山の石」は、那谷寺の奇岩遊仙境のものと考えたい。「胎内くぐり」における洞窟の闇を出た後であれば、いっそう岩山の石も白く輝いて見えたに違いない。それは、清められた芭蕉自身の魂の純白にも通じるだろう。さらにそれは霊峰・白山にも繋がっている。白山信仰の要諦はまさに「造化にしたがひ、造化にかへれ」と述べた芭蕉の俳諧精神と重なる。
折しも、生まれ変わった芭蕉の魂に秋風が吹く。陰陽五行説で秋は白に配されるため、「秋の風」は即き過ぎの嫌いもあるが、あくまでも、改まった芭蕉の魂に沁みる素風として、旧染が取り除かれた「爽やかさ」が感じられる。掲句によって「秋の風」もまた蘇ったのである。
季語 : 秋の風(秋) 出典 : 『おくのほそ道』
The spirit revived
whiter than the holy rock hills —
autumn breeze

