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現代俳句選抄

ご恵贈頂いた書誌から、五島高資が感銘した俳句などを紹介しています。© 2021 Takatoshi Goto

山中や菊はたをらぬ湯の匂ひ

やまなかやきくはたをらぬゆのにほひ

 

 元禄2年(1689)7月27日の夕刻、芭蕉山中温泉に着き、8月5日まで和泉屋という湯宿に逗留する。山中温泉の歴史は古く、奈良時代行基によって開湯説もあるが、平安時代に、白鷺が足の傷を癒やしていた小川を能登の地頭・長谷部信連が見付け、そこを掘ると薬師如来像が現れて温泉が湧き出たのが始まりとも云われる。

 和泉屋の主人は、久米之助という、まだ十四歳の少年であった。この際に芭蕉に入門して桃妖の号を貰っている。掲句は、桃妖に授けたもので、真蹟懐紙に次のような前文が認められている。「北海の磯つたひして加州やまなかの湧湯に浴ス。里人の曰、このところは扶桑三の名湯の其一なりと。まことに浴する事しばしばなれば、皮肉うるほひ、筋肉に通りて、心神ゆるく、偏に顔色をとどむるここちす。彼桃原も船をうしなひ慈童が菊の枝折もしらず」。

 これには、中国の慈童伝説が踏まえられている。慈童は周の穆王に仕えていたが、讒臣の奸計にて罪を得て十六歳にして酈縣山に流罪となる。王はこれを哀れみ、「具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼」という法華経・観音普門品の偈を慈童に授けた。配所にてその偈を菊の葉に書くと、その葉にかかるものは皆、不老不死の妙薬となり、これにより八百余年を経ても慈童は老いなかったという。これが菊慈童伝説である。

 芭蕉は、そうした桃源郷山中温泉、慈童を桃妖になぞらえたのだろう。山中温泉の湯の香りがあれば、菊を手折る必要もないと名湯の効能を讃えつつ、主人への挨拶句としたのである。たしかに山中温泉のある鶴仙渓深山幽谷の趣があり、芭蕉が日本の仙境と感じて詩想を巡らしたのも肯ける。

 

季語 : 菊(秋) 出典 : 『おくのほそ道』

 

Yamanaka hot springs
unnecessary to get a chrysanthemum
wafting the natural fragrance

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芭蕉堂・山中温泉 ©山中温泉観光協会