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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

五月雨の降り残してや光堂

さみだれのふりのこしてやひかりだう

 

 元禄2年(1689)5月13日、平泉中尊寺を参詣しての作。前文を示す。「かねて耳驚かしたる二堂開帳す。経堂は三将の像を残し、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散り失せて、玉の扉風に破れ、金の柱霜雪(さうせつ)に朽ちて、すでに頽廃空虚の叢(くさむら)となるべきを、四面新たに囲みて、甍を覆ひて風雨を凌ぎ、しばらく千歳の記念(かたみ)とはなれり。」光堂は正式には金色堂と呼ばれ、天治元年(1124年)の建立とされ、内外ともに総金箔で装飾された、まさに光り輝く堂宇である。東北地方で産出する金を背景とした往時の奥州藤原氏の権勢が偲ばれる。ちなみに、その須弥壇内には、藤原清衡、基衡、秀衡のミイラと泰衡の首級が納められている。

 ところで、芭蕉が訪れた頃、金色堂は建立後すでに五百年以上の年月を経ていたことになる。御堂がそのような長い年月を耐えることができたのは、鎌倉幕府が御堂を被うために造営した覆堂(鞘堂)という風雪を凌ぐための建物によるところが大きいことは言うまでもない。

 掲句では、一般に、金色堂だけが五月雨に降られることもなく、あるいは、五月雨のなかでも燦然と輝いていると解釈されがちである。しかし、ただそれだけではなく、五月雨が五百年の星霜を象徴するとことや、「降り」は「経り」に通じることに鑑みれば、長年を経て金色堂を守り続けてきた人々の地域文化を大切にする高い意識への畏敬も感じられよう。そうした「みちのく」の貴い精神風土こそが時を超えて金色堂の光を保っているのである。それがなければ芭蕉が喝破したようにまさに「頽廃空虚の叢」となっていただろう。

 

季語 : 五月雨(夏) 出典 : 『おくのほそ道』

 

Early summer rains
even if a long time can't decay
the golden hall of Chuson-ji

 

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金色堂中尊寺