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現代俳句選抄

ご恵贈頂いた書誌から、五島高資が感銘した俳句などを紹介しています。© 2021 Takatoshi Goto

嶋々や千々にくだけて夏の海

しまじまやちぢにくだけてなつのうみ

 

 元禄2年(1689)5月9日、芭蕉は、朝に塩竃神社に参詣したあと、船に乗って千賀の浦、籬島、都島を巡って、正午頃に松島に到着している。瑞巌寺を参詣したのち、雄島に渡り、八幡社、五大堂を見て、松島の宿に帰っている。そもそも『おくのほそ道』冒頭に「松島の月まづ心にかかりて」と述べており、まさにここは芭蕉が最も憧憬した景勝の地である。しかし、あまりの絶景に圧倒されて、発句を詠むどころではなかったようである。さすがの芭蕉もその景色をあらん限りの言葉で賛美したが、ついに「造化の天工、いづれの人か筆をふるひ、詞を尽くさむ」と諦めて、言葉を超えた物自体の奥深い神妙さに降参している。

 掲句は、唯一、松島で芭蕉が詠んだ句として『蕉翁文集』に収められているものであるが、海蝕によって奇岩の多い島々は船から見ればまさに絵巻を見るような目眩く景観を呈しており、到底、それを詠み込むことは難しかったのであろう。「や」を切字ととれば、波風によって浸食されて散在した島々、そして、島々に寄せては砕ける散る夏の波といった、異なる「時間」がそこに立ち現れるが、全体として単なる写実の域を出ない嫌いがある。掲句が『おくのほそ道』に掲載されなかった所以であろう。

 ところで、夜の松島を散歩した折か、松の木蔭に隠棲する人の草庵があった。その主もまた月の客と思えばいっそう奥ゆかしく、月と海に映る月影に昼間とは違う夜の松島に仙境の趣すら感じたのであろう。芭蕉は「風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで妙なる心地はせらるれ」と言って絶句する。

 「松島やああ松島や松島や」という句が人口に膾炙しているが、もちろん、芭蕉の作ではない。江戸後期、桜田欽斎の松島案内『松島図誌』に芭蕉の故事と共に掲載された狂歌師・田原坊の「松嶋やさてまつしまや松嶋や」が相俟って、やがて「松島やああ松島や松島や」と変化し、ついには芭蕉の句と誤伝されてしまったと考えられる。皮肉なことであるが、芭蕉が『おくのほそ道』に句を載せなかった沈黙が「金」ならば、田原坊の何も言っていないに等しい狂句もまた「金」と言って良いかもしれない。すると「松島は扶桑第一の好風にして、およそ洞庭・西湖に恥ぢず。」から始まる芭蕉による松島への並々ならぬ讃辞は「銀」ということになろうか。

 それにしても、天然造化の妙は言葉や観念を絶するものであり、それを感得したものは黙るしかない。まさに言断心滅の境地である。松島の夜を一句も読めず、かといって眠ることもままならなかった芭蕉の心持ちは察するに余りある。

 

季語 : 夏の海(夏) 出典 : 『蕉翁文集』

 

A lot of islands —
the waves break variously
in the sea of summer

 

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松島