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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

田一枚植ゑて立ち去る柳かな

たいちまいうゑてたちさるやなぎかな

 

 元禄2年(1689)4月20日那須蘆野での作。芭蕉が訪れた頃の蘆野領主は、三千余石の交代寄合旗本・蘆野民部資俊であり、神田の江戸屋敷に住んでいた際に芭蕉の門人となり、「桃酔」と号していた。芭蕉は桃酔から故郷にある「遊行柳」のことを度々聞かされていたらしい。

 この柳には古くから「遊行柳伝説」があり、一説には、室町時代に遊行十四代太空上人が当地を通りかかった際、柳の精が女人として現れて救いを求めたため、太空が念仏を唱えて済度したという。もともとこの柳は平安時代から、幾度か枯れては植え直されてきたらしく、観世信光の謡曲遊行柳』では、ここで西行法師が詠んだとされる「道の辺に清水流るる柳蔭しばしとてこそ立ちどまりつれ 」を朽ちた柳の精である翁が遊行上人に語り聞かせる。いずれにしても、生生流転のうちに仮の世のあわれを伝え受け継ぐものとして、和歌や謡曲に取り入れられて「歌枕の地」となったのである。

 さて、掲句であるが、主語をどう捉えるかによって様々な解釈ができる。ふつうには、早乙女が一枚の田を植え終わるのを機に芭蕉が柳のもとを立ち去ったと考えられる。西行が「しばし」と表現したのに比べて、より具体的な時間がそこに立ち現れてきて臨場感に優ると言えよう。この場合、苗を植え終わった早乙女もまたそこを立ち去ったとも取っても良いだろう。

 いずれにしても、一枚の田植の時間を共有したのち、早乙女と芭蕉、さらには柳もまた離ればなれになっていく。もっとも、ここで掲句に立ち返って、文法的に素直に解釈すると、田を一枚植えて立ち去るのは、「柳」であることに気づかされる。早乙女も芭蕉もそれぞれの目的地へ向かうことによって「柳」から離れていくが、逆に言えば、相対的に「柳」が早乙女や芭蕉から立ち去っていくと言っても良いかもしれない。そして「季」は廻りつつ「時」もまた過ぎ去っていく。それは、済度された柳の精がもとの柳へと戻って消えていく「遊行柳伝説」や謡曲『遊行柳』の結末と重なり合うような気がする。

 畢竟、「田一枚植ゑて」という芭蕉の卓越した措辞による俳諧の力によって「柳の精」がまたも済度されたと言って良いかもしれない。現在も植え継がれて「遊行柳」は蘆野の田圃の中に静かに佇んでいる。

 余談であるが、令和2年(2020)の冬、久しぶりに私は「遊行柳」を訪れた。そうしたら、たまたま白髪のご老人が遊行柳の木蔭で休まれていた。聞けば、このあたりの田圃の主とのこと。しばらくそこでお話ししたが、地域の人々の郷土愛あっての歌枕の地であることをしみじみと思った。別れ際、田圃の果てに消えゆくご老人の後ろ姿が今でも脳裡に刻み込まれている。

 

季語 : 田一枚植ゑて(夏) 出典 : 『おくのほそ道』

 

One paddy field
rice seedlings have been just planted
I left the willow afterward

 

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遊行柳