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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳(漸次更新中) 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto

あらたうと青葉若葉の日の光

あらたうとあおばわかばのひのひかり

 

 元禄2年(1689)4月、日光での作。前文には次のように記されている。

 

 卯月朔日、御山に詣拝す。往昔、此御山を「二荒山」と書しを、空海大師開基の時、「日光」と改給ふ。千歳未来をさとり給ふにや、今此御光一天にかゝやきて、恩沢八荒にあふれ、四民安堵の栖穏なり。猶憚多くて筆をさし置ぬ。

 

 御山とは日光山のことであり、8世紀後半、勝道上人がここを修験道場として開基した。「空海大師開基」とは芭蕉も筆の誤りである。もっとも、勝道の要請で空海が日光山についての文章を書いており、それは「沙門勝道山水を歴て玄珠を瑩く碑并びに序」として『遍照発揮性霊集』に記されている。その文章はあたかも空海自身が日光山を訪れたと思われるくらい精緻な名文であり、勝道と空海の深い絆が覗われる。

 ところで、日光の社寺は、深い山奥に忽然と現れることもあり、いっそうその絢爛豪華さが際立つ。特に東照宮の陽明門はあまたの極彩色彫刻で覆われ、要所に多くの金箔が施された光り輝く楼門であり、まさに徳川幕府の絶大なる権威を象徴するものである。芭蕉は境内の青葉や若葉に映える日の光を詠んでいるが、そこには、前述したような徳川幕府の威光も重ねられている。「あらたうと」つまり、何と尊いことかという讃辞や前文に見える幕府の治世への敬仰からもそれがよく分かる。掲句の初案は「あなたふと木の下暗(したやみ)も日の光」(『曾良書留』)であったが、これでは、木下(豊臣)政権を揶揄して余りあるので、推敲して掲句に落ち着いたということであろう。

 ちなみに、青葉が季語として定着するのは近代になってからであり、掲句では、若葉の彩りを豊かにする措辞と考えられる。音韻的にも上五とa音で頭韻を踏んで快い。また、初夏の日光山に茂る若葉やそこに映える日の光に触発された造化の妙に対する畏敬の念も感じられる。初案の句に覗われる貞門俳諧的傾向からの脱却をここに見ることができよう。

 

季語 : 若葉(夏) 出典 : 『おくのほそ道』

 

How sacred
green leaves, young leaves shining
with sunlight

 

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陽明門・日光東照宮