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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳(漸次更新中) 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto

糸遊に結つきたるけふりかな

いとゆふにむすびつきたるけふりかな

 

 元禄2年(1689)3月29日の作。前書に「室八島」とある。ここは『おくのほそ道』に記された、芭蕉が最初に訪れた神域であり歌枕の地である。周知のように古来「室の八島」を詠む場合、「けふり(煙)」を詠み込む慣わしがある。その由来については、境内の泉水から立ち上る水蒸気であると言われてきた。しかし、『おくのほそ道』においては、ここでの芭蕉の句は見当たらず、曽良が、「けふり」の縁起として、一夜にして懐妊した木花咲耶姫が身の潔白を立てるため燃える無戸室のなかで彦火火出見尊を産んだ故事などを記しているのみである。また、貝原益軒の『日光名勝記』(1714年刊)によれば、「室の八嶋古哥に多くよめる名所也。しまのまハりの池より、水気の煙のごとく立けるを賞翫しける也。其村の人あまたに問しに、今ハ水なきゆへ、烟もなしといへり。」とあり、当時すでに泉水は涸れていた可能性が高い。もっとも、池の中に八つの小島が浮かぶ「室の八島」は近年になってからの再建である。

 私が群馬県立女子大学のリサーチ・フェローとして行った古代東国の地域学的研究 を通して分かったのは、10世紀くらいまで「室の八島」が東国における古代製鉄の中心地だった可能性が高いことである。「室の八島」の周辺には、鉄の原料として、葦などの根に着くバクテリアによって作られた水酸化鉄が長い年月に沈降してできる「鬼板」と呼ばれる鉄の原料が豊富なことや、古代製鉄遺跡が多く発見されていることなどがその理由である。しかも、当時の鉄の値段が他の東国諸国に比べて「室の八島」のある下野国が最も安価であり、つまり、そこで大量の鉄が生産されていた可能性が高いことが示唆されたのである。平安時代までは、自然風を利用して比較的低温でも塊鉄を製造できる塊鉄炉(酸素との接触を防ぐために土などで覆いつくして一酸化炭素による還元状態を保たせた製鉄炉)が多く用いられたが、これは図らずも曽良が言及した「無戸室(うつむろ)」と形態が酷似している。ちなみに塊鉄は英語で「bloom」と書き、「花」を意味し、偶然にも「木花咲耶姫」を連想させる。さらに、彦火火出見尊は製鉄技術を持った海(天)神族であったという説もある。また、「室の八島」のすぐ近くには下野国府跡をはじめ、「鋳物師内」「金井」などの地名が残っており、そこに一大製鉄施設があったことを覗わせる。古代において武器や農具として鉄は重要な物資であり、製鉄炉からは「けむり」が昼夜分かたず昇っていたことが想像される。このように考えると、古人が詠んだ「けふり」とは、塊鉄炉の煙だったのではなかと思われる。そもそも「室」とは、内部を外気に触れさせないための構造物であり、また「八島」とは、竈(かまど)という意味もある。もっとも、芭蕉が「室の八島」を訪れた江戸時代には、すでに日本の製鉄は塊鉄炉より効率の良い踏鞴製鉄が開発されており、その中心地も中国地方などに遷っていた。そうした事由から次第に「室の八島」と「けむり」の関係性も不確かになっていったのではないだろうか。

 掲句は、「けふり」をきちんと詠み込んでおり聖地に対する挨拶としては申し分がない。しかし、それはなぜか『おくのほそ道』には取り上げられなかった。それは、おそらく当時の「室の八島」に煙が立っていなかったという事実はもとより、慣習的に幻の「けふり」を糸遊に結びつけて詠んだ句だったからではないだろうか。たとえ水烟だとしても、糸遊すなわち陽炎が出るような暑い昼間ににそれが見える可能性は低い。最初の歌枕の地になる掲句を芭蕉があえて『おくのほそ道』に載せなかったのは、形式主義的に歌枕を詠むことに堪えなかった彼の「真実」探求への厳しい決意によるものだったのだと思う。

 

季語 : 糸遊(春) 出典 : 『おくのほそ道』

 

a finger of smoke
getting tangled up
in the heat haze

 

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室の八島