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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

此あたり目に見ゆるものは皆涼し

このあたりめにみゆるものはみなすずし

 

 貞享5年(1688)5月、美濃長良川河畔での作。『笈日記』には、この前文として「十八楼ノ記」と題した次のような記載がある。

 

 みのゝ国ながら川に望て水楼あり。あるじを賀嶋氏といふ。いなば山後にたかく、乱山兩に重なりて、ちかゝらず遠からず。(中略)暮がたき夏の日もわするゝ計(ばかり)、入日の影も月にかはりて、波にむすぼるゝかゞり火の影もやゝちかく、高欄のもとに鵜飼するなど、誠にめざましき見もの也けらし。かの瀟湘の八つのながめ、西湖の十のさかひも、涼風一味のうちに思ひためたり。若此楼に名をいはむとならば、十八楼ともいはまほしや。

 

 つまり、『笈の小文』の旅からの帰りに立ち寄った美濃の長良川河畔にある賀嶋善右衛門(鷗歩)の水楼に招かれたことが分かる。そこは後ろには稲葉山が聳え、高く低く山々が重なり妙境を呈しており、長い夏の日も忘れてしまうほどであったが、日も落ち月が出て、波間に照る篝火の光もほど近く、高階の眼下に鵜飼の様子など、とても素晴らしい景色である。およそ、瀟湘(洞庭湖に瀟水と湘江が合流するあたりの景勝地)八景や西湖十景の風趣もこの「涼風一味」に収まるほどであり、この水楼を名付ければ「十八楼」と言いたいものであると述べられている。

 この水楼は、老舗旅館「十八楼」として長良川河畔に現在も存続しており、客室から鵜飼を眺めることはもちろん、その階下より鵜舟に乗ることもできる。また、その庭には掲句が刻まれた江戸時代からの石碑も残っている。この旅館のある川原町界隈には往時の屋並が再現されており、芭蕉の句が書かれた「岐阜うちわ」を製造販売している店なども軒を連ねている。織田信長が築いた岐阜城を頂く金華山が背後に聳える長良川河畔はまさに納涼の地に相応しく、いちいち景物を取り上げるまでもなく、却って掲句の涼しさが伝わってくる。もっとも、宵闇が深まればまさに目に見えるものは町の灯や鵜飼の篝火に収斂されていく。昼間の景勝を回想しながらも、暑かった日中の煩わしさから解放されて余計なものが見えなくなる夜景にこそ芭蕉は「涼」を感じ取ったのであろう。

 余談であるが、かつて、栃木県佐野市の出流原弁天池を訪れた際にも掲句が刻まれた句碑を見つけたことがある。そこは環境省によって名水百選に指定されているだけあって池の底まで透き通るくらい清らかな水が湛えられている。直ぐ近くの丘に建つ磯山弁財天の楼閣からは関東平野が凪いだ海のように眺められる。ちょうど代田の時季は眼下の小山や丘が島のように見える。ちなみに磯山弁財天には夏でも涼しい風を吹き出す風穴もある。また、「陸の松島」と言われる眺望で知られる太平山もほど近い。おそらく、このような清々しい風趣に触発された地元の有志による芭蕉句碑の建立と思われる。

 

季語 : 涼し(夏) 出典 : 『笈日記』(『けふの昔』『風俗文選』『曠野後集』)

 

Around here
all visible things are cool
in the twilight

 

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十八楼・岐阜城長良川夜景