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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

雲雀より空にやすらふ峠哉

ひばりよりそらにやすらふたうげかな

 

 貞享5年(1688)、『笈の小文』の旅での作。同年2月、伊賀上野で父の三十三回忌法要を済ませた芭蕉は、3月19日、伊勢で再会した杜国を伴い、吉野を経て、父母の菩提を弔うために高野山へ向かった。「臍峠 多武峰ヨリ龍門ヘ越道也」の前書があり、談山神社のある多武峰桜井市)から龍門(吉野郡吉野町)へ抜ける険峻な山道にある細峠(臍峠)で詠まれたと考えられ、同所に掲句が刻まれた芭蕉の句碑がある。ちなみに当時からこの峠は細峠と呼ばれていたことから、「臍峠」とはその別称か、あるいは芭蕉の誤記もしくは改作した表記かもしれない。亡き母の菩提がある高野山芭蕉の生地である伊賀上野を結ぶほぼ中間地点にある所から「細」と音韻的類似性のある「臍」と記したのかもしれない。

 ところで、細峠は標高730メートルにあり、南には眼下に津風呂湖を望み、その背後には「大和アルプス」とも呼ばれる大峰山脈が連なる雄大な景観が広がっている。世界遺産紀伊山地の霊場と参詣道」の構成要素である金峯山寺や桜で有名な吉野山もその北端に位置している。芭蕉が訪れた頃には、この峠を利用する旅人も多かったことから、峠の茶屋もあったかもしれない。いずれにしても、高い峠から俯瞰する絶景は登山の疲れを癒してくれる。普段は野原などで聞くことの多い雲雀の声もここでは下の方から聞こえてくる。ちなみに『曠野』などには中七が「上にやすらふ」となっており、意味は分かるが、句としては平凡となってしまう。やはり「上」ではなく「空」の方が句の奥行きを広げて断然良い。

 雲雀の別名である告天子とは天帝の住む雲の上へと高く翔るところに由来するが、その雲雀よりも上空にある峠にあって、芭蕉は、上下、生死、有無など二項対立的観念を超克する「空(くう)」を強く意識して掲句に帰結したのではないだろうか。それは、その後に訪れる高野山における真言密教における「空」とも重なる。そもそも「峠」という表記も上下が極まる山の地点として会意された国字である。そうした特殊で複雑な詩想をたった十七文字の発句に込めながら、あくまでも実体験に根ざした場景として詠んだ芭蕉の力量に今さらながら感服する。

 余談ではあるが、掲句は、M・ハイデガーが最も好んだ芭蕉の句の一つとして知られている。ハイデガーは「芸術の対象は美ではなく真理であって、芸術作品はその真理の自己措定である」と言ったが、なるほど美は醜に対する二項対立的観念に止まる限りにおいて芸術の最終目標たりえない。雲雀より高い空にある峠において、前述したように芭蕉が開示した二項対立的観念を超克する「空」の詩境こそハイデガーの言う「真理」に迫るトポスだったのではないだろうか。「臍峠」はまさに芸術的昇華への雲関だったのである。

 

季語 : 雲雀(春) 出典 : 『笈の小文』(『曠野』『卯辰集』『小文庫』)

 

At the Mountain pass
resting in the sky higher
than the larks

 

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吉野