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芭蕉百句 100 haikus of Basho

芭蕉百句の評釈と英訳 100 haikus of Basho selected and translated into English by Takatoshi Goto  © 2021 Takatoshi Goto

旅人と我名よばれん初しぐれ

たびびととわがなよばれんはつしぐれ

 

 貞享4年(1687)の作。『笈の小文』の旅へ出る芭蕉のために催された送別会の際に詠まれたとされる。この旅は、同年10月に江戸を発ち、まず尾張の熱田と鳴海に向かい、越智越人を訪い、同伴して三河の保美に坪井杜国を尋ねて伊良湖崎まで足を伸ばしている。その後、再度、鳴海と熱田へ向かい、尾張蕉門の歓待を受けたのち、故郷の伊賀上野で越年。翌年には伊勢に詣でて、そこで再び杜国と合流し、また上野へ戻り、亡父の忌を修したのち、春を待って、花見も兼ねて吉野を訪い、その後は、高野山和歌浦、奈良、大坂、須磨、明石を経て、京都に至るまでの半年に及ぶ長途の行脚となった。

 『笈の小文』は、最初に芭蕉が目指す俳諧の在り方が述べられており、蕉風俳諧の礎を確立した重要な紀行文として位置づけられる。長くなるが、その冒頭部分を以下に示す。

 

 百骸九竅の中に物有、かりに名付て風羅坊といふ。誠にうすもののかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好むこと久し。終に生涯のはかりごととなす。ある時は倦(うみ)て放擲せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたゝかふて、是が為に身安からず。しばらく身を立む事をねがへども、これが為にさへられ、暫ク学で愚を暁(さとら)ン事をおもへども、是が為に破られ、つゐに無能無芸にして、只此一筋に繋る。

 西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見る処、花にあらずといふ事なし。おもふ所、月にあらずといふ事なし。像(かたち)花にあらざる時は夷狄にひとし。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ造化にかへれとなり。『笈の小文

 

 つまり、仮初めの身は儚いものであるが、俳諧を好んでついにライフワークとなった。その過程には様々な世俗的な葛藤もあったが、結局、非才の身にあっては俳諧の道に専心することなる。

 思うに西行の和歌、宗祇の連歌雪舟の絵画、利休の茶道に通底するものは「風雅の誠」であり、それを俳諧にも受け継ぎたい。そのためには、天為の妙に迫り、四季の移ろいに心を致すことが大事である。風雅の道においては、見えるもの、思うところ、すべてに差別を超えた詩性を見出すべきである。そして、「造化随順」によって「天人合一」の至境を目指す決意表明と捉えることができる。(造化=宇宙に存在する全てのもの、天地万物、自然の摂理など)

 さて、掲句の前文には「神無月の初、空定めなきけしき、身は風葉の行末なき心地して」(『笈の小文』)とあり「侘び」が感じられるが、掲句からは、ネームバリューよりも、一介の旅人として、天然造化と向き合い、初時雨に濡れそぼちながらも「風雅の誠」の探求を重んじる芭蕉の姿が立ち現れる。一次的な指示作用としての言葉によって隠蔽された「物自体」の世界へ参入するには、自らの名前も捨てなければならない。そうして初めて「物の微」から「情の誠」を介した「風雅の道」が開かれるのである。それは「侘び」という閑寂境を経て、「さび」という万物流転あるいは生生流転という「変化」を見据えた、さらなる芸術的深化とも重なることになる。ちなみに、金属などの「さび」が「銹」とも書くように、色形の劣化だけでなく、そこに、秀でる「変化」も包含していることに気づく。

 

季語 : 初しぐれ(冬) 出典 : 『笈の小文』(『續虚栗』)

 

The first rain of winter —
I'd like to be called a traveler
instead of my name