よくみればなづなはなさくかきねかな
貞享3年(1686)の作。薺と言えば、春の七草の一つとして、若菜が食用とされることはよく知られている。花柄の先にある果実の形が、三味線の撥に似ているところから、三味線草、あるいは、その擬音語から、ぺんぺん草とも呼ばれる。野原や路傍などに広く自生しており、草の形状から、すぐにそれと分かるが、あまりにありふれているので看過されがちである。
掲句では、垣根から薺がひょろっと伸びていたため、間近く芭蕉の眼に止まったのであろう。三味線の撥に似た小さな果実を付けた薺の特徴的な姿は印象的だが、たしかに、その花については、私もしげしげと見たことがない。そこで図鑑で確認したら、すでに多くの果実を付けた茎の先端部分に直径3mmほどの白い四弁の花が集簇している。たしかに、よく見なければその微細で可憐な花の姿を認識することは難しいと思った。
垣根は屋敷や庭園などを隔てるための構造物であり、多くはそれによって囲まれた内部を隠すための機能も併せ持つ。ところが、掲句では、薺の花に天然造化の妙を垣間見せてくれたところに俳味を感じさせてくれている。そして、「よく見れば」とは、固定観念を捨てて、まずは「物の微」に迫ることの大切さを教えてくれているような気がする。それは、微小卑賤のなかに生命の美に根ざした詩性を見出すという、蕉風俳諧における第一の要諦が示されているのである。それは「ものの見えたる光」を捉えるための大前提でもある。
季語 : 薺の花(春) 出典 : 『續虚栗』(『頭陀袋』)
At the hedge
found the flowers of a shepherd's purse
for seeing it well

