よにふるもさらにそうぎのやどりかな
天和元〜2年(1681-1682)頃の作。「手づから雨のわび笠をはりて」(『虚栗』)と前書きがある。宗祇の「世にふるも更に時雨のやどりかな」をもじった句だが、宗祇の句もまた、二条院讃岐の「世にふるは苦しきをものを槙の屋にやすくも過ぐる初時雨かな」(『新古今集』)に拠っている。「ふる」は「経(古)る」「降る」に通じて、時雨の縁語にもなっている。ちなみに、二条院讃岐より旧い小野小町の「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」(『古今集』)における「ふる」は、春雨というよりは身体的な老いの変化に重点がある。とまれ、和歌から連歌へと変遷するなかで「ふる」が「時雨」と強く結びつくようになる。
宗祇の場合は、戦乱の世にあって、短い人生と雨宿りが共に「仮の世」に通じて、無常迅速を感じさせる。芭蕉は「西行の和歌における、宗祗の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道する物は一なり」(『笈の小文』)と述べて、俳句(俳諧の発句)の元となった連歌の大家である宗祇を尊敬していた。そして、「長高く幽玄にして有心なる心」を旨として、漂泊の詩人でもあった宗祇が宿した「侘び」の精神を受け継ごうとする芭蕉の思いがそこに重なってくる。その流れは、さらに「時雨るるや我も古人の夜に似たる」(『自筆句集』)と詠んだ与謝蕪村へと繋がっていくことになる。余談になるが「化けさうな傘かす寺の時雨哉」(『新五子稿』『蕪村句集拾遺』)という蕪村独特の滑稽に覗われる「あの世」も却って「この世」の不可思議を醸し出していて面白い。
季語 : なし(前書きの雨や「宗祇のやどり」から時雨を想起させるため、冬とする説もある)
出典 : 『虚栗』(『雪満呂氣』『世中百韻』『思亭』『笈日記』『泊船集』『和漢文操』『雪の葉』)
In this transient world
taking shelter from drizzly rain in winter
reminiscing about Sogi
Sogi : Iio Sogi (1421–1502) was a Japanese renga poet. Basho respected him as an ancestor of "haikai" and one of spiritual leaders for "wabi".

